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日光に来ています。

なぜ日光なのか。
むかし、徳川家康の本を読んだとき、なぜ最後が日光なのか不思議だった。

先日、栃木茨城付近が震度4だった時
周りが全部4なのに、不思議なことに日光だけが震度3だった。

詳しい事は知らない。
しかし、妙に引っかかっていた。

自分の目で見たい病が始まったようです。
神秘的なほどに苔むした緑の場でした。

昔の人々が恐れをなすほどに雄大な山々。
風に乗って香ってくるのは、緑の匂い。
フィトンチッドが豊富でした。

肺がんの患者さんをお連れしたいな。
神になりたかったのね。家康ちゃん。

彼は薬師如来を信仰していたという。
裏山が薬箱。煎じたり、丸薬を作って健康管理をしていた。

それを伝え聞いた政宗は、家康は夢が大きいのだ。本気で天下を狙っているからこそ、健康に留意しているのだと言ったらしい。

家康は、健康オタクでした。長生きした方が勝ちという時代ですから。

今の時代でも仕事で天下を取ろうと思うなら、健康には留意する必要がありますね。

経営者には、1人ブラック企業の方が多いので。

ぜひ自分よりも自分の体のことをわかってくれる人を作って欲しいと思います。

いざ株式上場したとたんがんが見つかったり、国政に立候補しようと決意したとたん脳梗塞で倒れたり。

大概は次のステージに大きく羽ばたこうとするときに足を掬われる。

神様はいけずなのか。といった方もいます。

夢が本気なら、クリニックの臨床と1000を超える論文を読んだわたくしがサポートします。わたくしも生身なので1年間に5人と決めています。

そして改善したら卒業していただきます。

健康オタクとして知られる、徳川家康。74歳まで大きな病に倒れることなく生き抜きました。

家康が人一倍気を使ったのが食事の内容。

ぜいたくは月に2、3回で十分と、普段の食事は麦飯と豆味噌の一汁一菜を基本としていました。

家康の身分からするとかなりの粗食ですが、麦飯は栄養価が高く、豆味噌は消化吸収を促して体内の老化を防ぐなど、実は健康面で優れたメニューなのです。

また、体に悪いからと、季節外れのものや冷たいものを口にしませんでした。

あるとき織田信長から桃が贈られましたが「季節外れだから」と食べなかったというエピソードがあるほどです。

家康は、薬の研究家としての側面も持っていました。

中国から薬学書の『本草綱目(ほんぞうこうもく)』や『和剤局方(わざいきょくほう)』を取り寄せて読み込み、薬草園を開設。

100種類を超える薬草を栽培し、自ら調薬を行うほど力を入れていました。

運動も鷹狩りをすることで取り入れていた。なんて優秀な人。

健康を研究し続ければ同じところに行くのかな。

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